heartbreaking.

中年の末路とその記録

重い不幸話は、友達や恋人に名刺代わりに差し出すようなものではない・・・

現実世界で、誰かに不幸話をするときは、時間が必要だとおもいます。

友達になれるかな、と思い始めた矢先に、その相手が実は暗い過去を背負っていて、それをある日突然、ポロリと打ち明けてきたら、こちらは正直かなりショックを受けます。

何でいきなりそんな話聞かせるんだ・・・ と内心腹が立ちます。

昔、ある男性と一緒に部屋で過ごしていて、セックスをするかな、という怠惰な雰囲気の中で、たまたまテレビから流れてくる内容が私にとって不快なものだったため、私の気分は一気に悪くなり、その流れのままに私の不幸話をいきなり聞かせたことがあるのだけど、その男性もやはり「何でいきなりそんな話を聞かせるんだ」という激しい怒りを秘めたような表情のまま、布団からスッと立ち上がると急いで服をまとい、ドアを開けて出ていきました。

私は不安な気持ちのまま夜を越しましたが、その翌日、その男性は車でドライブしながら「昨日の話だけど、お前の辛さもわかるけどなあ・・・」と言葉を濁すように、何かを言いかけてのみこむ様子が見て取れました。

人の不幸話は、黙って聞くだけでも相当の精神力を要するのです。それを受け止める側の人生に起こったすべての不幸の上に、貴方の不幸を置こうとするからです。想像してみませんか・・・ 貴方がその話を打ち明ける相手もまた、貴方以上の苦しみを背負って生きてきたかもしれないということを。

現実世界で、自分の不幸な身の上を、「名刺」代わりに差し出してくるような人間とは付き合えません。それを、いきなり心の準備をする間もなく受け止める側の気持ちを「考えられない」人間だということだからです。

それは、貴方が不幸話をぶつける相手の心を、これっぽっちも労わる気がないという証拠です。自分だけがスッキリできれば、相手がどんな気持ちになろうとしったこっちゃないという傲慢さの現われです。

恋人同士でも、夫婦であっても、お互いの不幸話はそう何度もするようなものではありません。一度か二度聞けばもう充分だとおもいます。自分には不幸な過去があるから、そのことを知っていてほしい、理解してほしいとおもう気持ちはあるとおもいます。でもそれは、例え夫婦であっても完全には理解することはできませんし、そう何度も受け止めきれるものではありません。

あまりしつこく繰り返すと、心は離れていきます。

自分だけが不幸だと思っているのではないですか。そんなことはないです。だからといって、よその国では飢餓に苦しむ子供たちが居てそれに比べればお前の不幸など大したことはない、などと言うつもりもありません。貴方も不幸なのに違いありません。ですが、それは黙っていてこそ、貴方の価値が現れてくるのです。