heartbreaking.

中年の末路とその記録

瞬間的に訪れる悲しみや絶望の中にあっては、どんな拘りも意味を成さない

ここ数年、夜勤の仕事を選ぶことが多くなっている。

昼間は、平均的な人生歩んでる人が圧倒的に多かった。それが、昼間の仕事を避けるようになった主な理由で、別に、好んで夜勤というわけではなく、そこに逃げるしかなくなっていた……

昼間の仕事で関わる人たちは、子供がいる前提から会話が唐突にスタートする人が多かった。なので、子供のいないこちらは本音で語れない。ある程度の年齢になってくると、子供がいるかどうかということが、人を選別するための判断材料の一つになる。俺が今まで見てきた職場はどれも、例外なくそうだった。

仕事ってのは、イコール、コミュニケーションです。それが必要な中で、自分が少数派に属する場合は、途端に生き辛くなる。それは、会話の必要でなさそうな、工場のライン作業でも同じことで、人とあまり関わらず淡々と働きたいと願っていても、そんなことは、できない。コミュニケーションが上手くいかないと、仕事に必要な情報が入ってこなくて孤立する。挫折して、退職して、次の職場では必ず上手くいくと、どんなに強く念じても、また似たような人間関係の中にいて、本心を偽り続けるしかなくなる。

口には出さずとも、自分より劣る者が同一空間内にいてくれる、そのことが彼らの自信へとつながっている。子供のいない俺は、目には見えぬ弱肉強食の法則の中で、ボロ雑巾のようになるまで心の中で弄ばれるために存在している。スマホに映し出される、赤ちゃんを挟んだ家族の風景を俺へ見せたまま、動きを停止している女の姿が、そのことを如実に物語っていた。ここまで来てごらんなさい、あなたには無理だろうけどね……言外にそう言っていた。

……そんな昼間の世界に嫌気が指して、ここ数年は、夜勤に逃げていた。

人間関係が比較的ラクで、周りも、風貌からして異端が多い。やがて思考形態も次第に、夜勤型になってくる。だから、人格的に異常な自分が混じっていても、誰にも気にされずに済む。

やっと俺にも務まる会社が見つかったと思い、その嬉しさのあまり、この体の訴えから目をそむけ続けてきた。お金も生活できるだけは充分与えられている。……だけど、人が眠る時間に、起きて働き続けているダメージは確実に俺の体を攻撃していた。何故、時給が高いのかということの意味を知るのは、夜勤で何年か続けて勤めてからです。

夜10時から深夜2時の間は眠らないと、次第に免疫力が弱ってくる。

休憩時間に不整脈で、まだ仕事の途中なのに、救急車に乗りそうな不安を感じて、もう夜勤は無理だと、何度も心が折れかけていた。自分の弱さに追い詰められて、うつむいたまま一人で悶々と悩んでることが多い。

自分をどんどん不幸な方向へと、追い込んでゆく癖が抜けなくて、誰にも届かない暗い言い訳を、心の中で繰り返している。

俺は今の職場では役に立たない部類に入り、人数調整のため呼ばれているだけなので、友達と呼べる人など一人もいなくて、いつも孤立している。周囲の空気とは切り離されて、一人、というのは気がラクではあるが、まるで自分が必要とされていない無価値な存在であることの証明のように思える。このまま消えてしまっても、俺なんか、意味ないと思って、何度も諦めかけて、涙すら出てこないほどの、根源的な悲しみに心がうちひしがれていた。

強く、ではなく、優しさでじわじわと殺されてゆくような残酷な風景の中に自分がいて、いっそ誰かが、お前なんかキモいんだよとか、酷いこと言ってくれれば、俺は微笑みながら死ぬことができる。

いつの間にか、気付けば、自分のほうが年上であることが多くなっていた。自分よりはるかに若くて、輝いてる人たちの姿を、微笑ましく見つめる心の中で、徐々に広がってゆく自分の外見への嫌悪、否定。

自分の老いて醜くなりつつある姿が、様々な不安と歯車が上手く噛み合ってしまえば、生きることを諦める一つのきっかけになる。だからお前はもういらないんだよ、誰にも必要とされないし、今後愛されることもなくて、だから幸せにもなれないって、俺にすべてを諦めさせようとする。

俺の歩いてきた道のり、そんなものが、この瞬間的に訪れる悲しみや絶望の中にあっては、意味を成さない。

深夜働いていて、朝日の昇る頃、帰る途中で何度も、このまま終わりにしたいと思っていた。俺の、妙に拘りを持った人生も、俺がその意味を手放せば、あっけなく泡のように消えてなくなるってことに気付いてた。

何で俺は他人にこんなに気遣いして、いつも笑っているんだろうな。

その、自分の笑顔が、この心の弱さを誰にも突き破られないように、精一杯作り出した虚像であることが、周囲にはきっと見破られていて、わかっているから触れないでいてくれるのか。その事実にも耐えられなくなってきた。

周囲が冷たくても、優しくても、どちらにせよ、人の感情に触れるのを恐れている。自分が自分でなくなる、消えてしまう、殺そうとしている、この恐怖心が作り出した虚像に殺されそうだ。

俺には、休息が、人生の中で何度でも必要だと思った……

俺が、逃れる場所などない。この顔面を作り替えないことには。

誰も、俺の顔のことを覚えないでくれ。名前も、そうだ。すべて忘れて。俺に、もう一度、人生を、次からやり直させてくれ……そのためには、あんたが俺を覚えていたら駄目なんだ。